ニュージーランドの歩き方に執筆したコラム「ニュージーランド移住までの道」

ワーキングホリデー、留学、NZ就職、永住権取得、家の購入、起業…今までを振り返ったコラム

*ガイドブック「地球の歩き方」の公式サイト「ニュージーランドの歩き方」に連載したコラム「ニュージーランド移住までの道」の再掲載です。

第6回 英語学習の転機

キツかった友達の一言…


2005年の滞在も1ヶ月経った頃、別のフラット(シェアハウス)に引っ越したんだ。

バーンサイドでシティー(中心部)に出るまでバスで20分以上かかるからちょっと不便にはなったけど、それでも移動したかったのはワーホリ時代の友達・台湾人のボニーと一緒にフラットシェアしたかったから!

ボニーはいつも前向きで明るい人で、ワーホリの時からずっと友達。
たまたまお互い新しいフラットを探してたから、広い一軒家の1階に私が、2階にボニーと息子が住むことにしたの。

家賃は週140ドル位と一気に倍になったけど、お互いの専用シャワーもあって、広くて快適!

ニュージーランドに3か月渡航

ボニーとのフラット生活はすっごく楽しかった!
女同士話が盛り上がって、深夜4時までコーヒーとクッキー片手に語り合うことも何度も・・・

その時はさすがに寝不足になったけど、廊下でちょっと会うとそのまま立ち話で一時間半はすぐ過ぎちゃって、それまでのホームシックが嘘のように平気になってきた。

 

ボニーの彼氏のニュージーランド人のロイドもよく遊びに来て、毎日家に帰るのが楽しみで。

 

でも住み始めてしばらくして、ボニーから衝撃の一言が。
「Naokoと前回最後に会ってからもう約2年経ってるのに、なんで英語力上がってないの?」

すごく真面目に、本当に分からないという顔で。

「Naokoっていろんなことに努力して、ラジオとかも頑張り続けてるじゃん。なのに、なんで英語力は変わらないの?」

私「日本にいる間に英語力衰退しないように維持していたつもりだったけど・・・」

英語力を維持って、私が言ってるときの彼女の驚いた顔が忘れられない><
言いながら、私、今恥ずかしいこと言ってるって分かった。

ボニー「私はここクライストチャーチで英語の先生をしている位までレベルを上げたけど、私のニュージーランド滞在歴が6年だから英語が出来るってわけじゃない。

私がニュージーランドに来てまだ3ヶ月しかたっていない時に受けたIELTSはアカデミックで6.0だったんだよ。特別IELTSの勉強はしなかった状態でね。
台湾で必死に勉強してからニュージーランドに来たからさ。
てっきりNaokoは努力し続けて、英語成長して戻ってきたのかと思ってた。」

こんな話をされて、ショックだった・・・
ボニーは本当に私のこと思って言ってるからね。

ワーキングホリデーが終わって、ようやく日常の英会話に慣れてきたところだったのに・・・と悔しい思いのまま帰国したのが2003年3月。

最初は「日本に住んでても出来るだけ外国人の友達としゃべったりして英語力現状維持してればいいか!」と思ってたけど・・・
その考えが甘かった!

現状維持なんて考えずに、目標を高く持って毎日単語の一つでも勉強して英語力を伸ばす努力をしてれば良かった。

この時のボニーの一言で、私の英語に対する考え方が変わったんだ。

ニュージーランド英語

この2005年の3ヶ月滞在が終わってからは、日本での英語勉強法をいろいろ試してみたの。英会話教室のジオスもNOVAも通ったし、カフェでネイティブの先生の個人レッスンや、自分たちで英語学習グループを立ち上げて、市の施設を借りて先生を呼んでレッスンしたも…

日本で仕事をしつつ、ラジオも作りつつ英語学習に取り組んだんだ。

 

実際、こんな英語の勉強方法も留学する前なら無理だったと思う。

 

1年間住んだ後だからこそ、もう英会話はある程度できて、そこから学んでいけたというか。
英語で考える脳が出来てたし、英語のセンスが身についていたというか?それが無かったらこんなに日本で伸ばせなかったって感じたよ。

ワーホリの終わりが英語学習の出発地点だったようにも思える。

留学前の学習

ワーホリ四年後の2007年には、TOEICもワーホリ終了時に比べて300点アップ。
それが今の私に間違いなく繋がってるって感じる。

 

ボニーの一言のおかげで勉強に身が入ったから、今度は伸びた英語力でたくさん語りたいのに、ボニーはニュージーランド南島最南端の都市インバーカーギルに引っ越しちゃって、2005年以来会えず仕舞い。

今ならもっと深い話もできるし、いつか会って、またじっくりと語りたいな。

 

→第7話:3ヵ月間の再渡航と、まさかのジョブオファー